Vol 240 2023.2


・2月の新刊
・今月のコラム:飯島幸生「ウツビョウ? ヨウワカラン?」
・連載コラム:香山リカ「精神科医はへき地医療で“使いもの”になるか?」
 第6回「“多剤を処方できない症候群”に苦しめられる 」

新刊書籍
動機づけ面接を身につける〈改訂第2版〉上 
一人でもできるエクササイズ集

動機づけ面接のバイブル『動機づけ面接』の大改訂(第3版)に伴って大幅に増補改訂した,臨床家が技術を磨くためのワークブック

デイビッド・B・ローゼングレン 著
原井 宏明 訳


動機づけ面接を身につける〈改訂第2版〉下
一人でもできるエクササイズ集

動機づけ面接のバイブル『動機づけ面接』の大改訂(第3版)に伴って大幅に増補改訂した,臨床家が技術を磨くためのワークブック。

デイビッド・B・ローゼングレン 著
原井 宏明 訳


雑誌の最新号
月刊 精神科治療学 第38巻02号 
《今月の特集》
病的な「とらわれ」と「こだわり」の現在形─繰り返し行動などの臨床像や対応を含めて─

「とらわれ」や「こだわり」への対応はしばしば困難である。
本特集では、外見や体臭、体型、がんの再発恐怖、痛み、物に対する「とらわれ」や「こだわり」、そのほか各精神疾患における「とらわれ」や「こだわり」を取り上げた。様々な臨床場面における「とらわれ」や「こだわり」への治療介入のヒントを提供する特集。


月刊 臨床精神薬理 第26巻3号 』
《今月の特集》
AI(人工知能)を用いた精神科薬物療法の近未来を問う

精神科医療においてAIがどう活用されるのか最新情報と今後の展望をまとめた特集!!

精神科臨床における、評価尺度、電子カルテビッグデータ分析、創薬、早期診断と個別化医療、ゲノム情報による病態解明、うつ病の病態解明、入院高齢患者の転倒転落の予測、職域におけるメンタルヘルス支援、認知行動療法でのAI活用の可能性と課題について最新情報も含めて紹介し、AIを精神疾患研究に用いる際に生じる倫理的課題と今後AIによる研究成果が活用されるために必要なことも解説した特集である。



ヨウワカラン?
精神病理学会での発表や精神病理論文も、訳知り顔をしたり一瞬わかったような気もするが、やはり正直よくワカラン。大学人でもなく一般の開業医であるばかりか、鞍替え精神科医の私にはわからなくてもしょうがないという諦観もある。がしかし、明日からの精神科臨床に直結するモノがそう多くないことは、よくわかる。いや、そのワカランではない。

ヨウワカラン?
まず初めに(著者の私がいうのもおかしいが)、なぜこのような内容のモノが本(『 デプレッション・カリカチュア 』)にまでなったのかということがワカラナイ。約40年近く前なら当たり前すぎて、オピニオンにすらならなかったであろう。
当時、脳内に何らかの機能性変化が類推される病態(内因)に対してのみうつ病とし、それ以外は非うつ病性抑うつ(抑うつ神経症や抑うつ反応)と皆だれも診断していた。本来のうつ病は中年以降、どちらかといえば女性の病気で、間違っても小・中学生のうつ病などなかった。一方、私と同世代の元精神科某教授は、操作的診断基準はうつ病か否かという延々と消耗する議論に終止符を打ったとかつて述べていた。その結果、感染症でもないうつ病が半世紀前には5万人程度であったが60倍にも膨れ上がりさらに増え続けるというのなら、それは終止符でなく序章の始まりであったのではないか。それにしてもうつ病120万人はワカラナイ。

ヨウワカラン?
われわれの世代を教育してくれた、いわゆる団塊世代以上の精神科医は文字通り、患者のためその人権のため時の権力者とまで命を懸けて戦い、そして精神分裂病を統合失調症と改めた。なのになぜ、それよりもさらに多種多様で雑多な(病気というのもおこがましい)病態の集まりである現代のうつ病をうつ症とさえ改めようとしないのか、いや一言もないのか私にはワカラナイ。いやそれ以上に、ヒトに精神というモノが芽生えた有史以来、ようやくにしてグリージンガ―の「精神病は脳病である」言やメビウスの内因概念に至り近代精神医学は確立したと思うのだが、その内因概念を放棄した精神医学はこれから一体どこへ向かおうとしているのかワカラナイ。先輩方、これは精神医学の危機ではないのか、精神科医もどきの私がいうのも変なのだが。

ヨウワカラン?
保険診断名をつけたことがない臨床医はいないと思うが、抗うつ薬処方時に以前ならうつ状態と保険請求が可能であったが、現在はうつ病と病名をつけなければ保険診療にはならないというのが現実である。その保険統計をもって現在うつ病は120万人ということになっているのだが、その数字を率先して吹聴する精神科医のイトがどうしてもワカラナイ。

ヨウワカラン?
最後に一番ワカラナイのが、一度として精神科医から「お前のいうことはおかしい」と正面切っていわれたことがないこと、様々な意見が尊重されるこのダイバーシティ時代においてさえ!
本当にナニがナンだかヨウワカラン?

「それは違うよ」というご意見があれば、是非ともお寄せください。


飯島幸生(いいじま ゆきお)
医療法人洗心会 いいじま心療クリニック理事長・院長および群馬県精神神経科診療所協会理事。精神保健指定医、精神科専門医、医師会認定産業医、医学博士。近著に『 デプレッション・カリカチュア 』(星和書店刊)がある。

第6回
“多剤を処方できない症候群”に苦しめられる
香山リカ
 郷に入って郷に従うのはむずかしい。今回はそんな話をしたい。
 135/85と140/90。これは何か。いうまでもないが、前者は家庭で測定したとき、後者は診察室で測定したときの高血圧の目安である。「上(収縮期血圧)は160あるけど、下(拡張期血圧)は82だからまあだいじょうぶですね」という話ではなく、どちらか一方がそれ以上なら高血圧ということになるそうだ。当然、すべての人は「両者がそれ以下」を目指すべきなのだが、糖尿病やタンパク尿がある人はさらに厳しく、「家庭での測定で125/75未満、診察室での測定で130/80未満を目指す」となっている。

 精神科医時代、患者さんの血圧などほとんど気にしたことがなかった。昔むかし、研修医だった頃、「診察のときには必ず血圧を測るんだ」と言っていた指導医がいたが、それには患者さんの身体の健康チェックという以上の意味があることを話してくれた。

 「『じゃ、血圧測りましょう』が診察終わりの合い言葉なんだよ。何回か通ってる人は、それを聞いたら“ああ、今日はここまでだな”と話をやめてくれるんだ」

 たしかに、話したいことがたくさんある患者さんの場合、話をどこで切り上げて診察を終えるかは、どの精神科医にとっても大きな問題だ。とくに再診外来は、ひとりのワクが5分ということもあるだろう。医者ではない友人に「毎回、何人くらいの患者さんを診るの? ひとり1時間として5人くらい?」ときかれ、「ううん、午前午後で50人くらい」と答えて「それで心のケアができるわけ?」と顔をしかめられたことがある。たしかにひとり5分ではケアも何もあったものではないが、「5人しか診ません」となると残りの45人は行き場を失うことになる。いずれにしても、1人あたりの診察時間が数分とか10分とかいう場合は、どのタイミングで「じゃ、続きは次回にしますか。お薬はこれとこれを処方しますね」と話をまとめてエンディングに向かうかが、精神科医としての最大の腕の見せどころになっていた。「血圧測りましょうか」もよいが、毎回毎回はその方法を使う自信は私にはなかったからだ。

 話がズレてしまった。正常血圧の話をしていたのだ。
 へき地診療所の外来で慢性疾患の高齢者の診療を多く受け持つようになると、この血圧というのが大問題らしいということがわかってきた。もちろん多くの人は、「血圧が低すぎて困る」ではなくて「高すぎて困る」なのだが、最初に記したような正常血圧の基準内にしようとすると、かなり多くの降圧薬を出さなければならない。「高血圧治療ガイドライン」には、まず「A:ARB、ACE阻害薬」「C:Ca拮抗薬」「D:サイアザイド系利尿薬」を処方し、それでも血圧が下がらなかったら「A+C」「A+D」「C+D」の組み合わせで処方、まだダメだったら「A+C+D」の処方を行い、もしそこまでやっても降圧が十分でない場合は、「治療抵抗性高血圧として高血圧専門医に紹介」かさらにβ遮断薬などを追加、といったことが記されている。
 高血圧だけで、3種類もしくは4種類以上の薬を投与。
 精神科医にとって、これはなかなかの驚きなのではないかと思う。その昔、精神科では「多剤・大量処方」の時代があったが、それからさまざまなエビデンスに基づき、また多くの先生の啓蒙の努力もあって、いまは「単剤・少量」が常識になっているからだ。もし効果が十分でないときも、まずは単剤を十分量処方するのが基本だろう。

 高血圧と並んで高齢者に多い糖尿病も同様で、こちらはビグアナイド薬、SGLT2阻害薬、チアゾリジン薬、DPP-4阻害薬などなどさらに多種の薬があり、それらを組み合わせて処方しなければならない。あるとき、検査してなかなか血糖値などが改善しない患者さんにメトホルミン塩酸塩という糖尿病の基本的な薬をひたすら少しずつ増量していたら、診療所の所長に言われた。「うーん、もっと早い段階でSGLT阻害薬かDPP-4阻害薬も合わせて出すべきでしたね」
 診断ガイドラインもきちんと身につけずに処方する私がいちばんいけないのだが、込み合った外来で急いで「よし、これを増やすか」と決断をしなければならないときに、どうしても「多剤併用は悪」という“古巣のルール”が頭をよぎる。

 しかし一方で、内科領域でも多剤併用(ポリファーマシー)の有害性は問題になってきている。なんでも6剤以上の薬剤を服用すると副作用の頻度が多くなるという研究があるそうだ。さらに、高齢者への投与がこれまた多い非ステロイド系の鎮痛剤(NSAIDs)や甘草を含む漢方薬が血圧を上げることもある。芍薬甘草湯を漫然と処方しながら「血圧が上がってますね。降圧剤を出しましょう」などと言って処方の種類がどんどん増えることは、「処方カスケード(Prescribing Cascade)」と呼ばれている。もっとわかりやすく言えば「処方マッチポンプ」だ。
 ただ、そこで私のような総合診療領域の新参者は、頭が混乱する。
 ――精神科では「単剤、少量」が基本だったからわかりやすいけど、降圧薬や糖尿病薬は組み合わせて出すわけでしょう? だとしたら、すぐに6剤どころかもっと多くの種類を処方しなければならなくなるじゃない……。いったいどうすればいいわけ!?

 この精神科以外の領域での「高齢者のポリファーマシー」に私がはじめて気づいたのは、コロナ禍である自治体のワクチン接種の手伝いをしたときだった。この自治体の役所の産業医をやっていた関係で、住民への接種会場で問診を引き受けることになったのだ。
 高齢者の接種希望者に「血液サラサラの薬、飲んでませんか」と質問すると、「どれがそうかよくわからないので」とお薬手帳を見せられることがある。そこに貼り付けられた処方の多さに、何度も「あっ」と声を上げそうになった。貼り付ける紙が手帳の長さにおさまりきらず、幾重にも折っている人もいた。おみくじを開くようにそれをのばすと、「ボグリボース、アルダクトンA 、アロプリノール、 バイアスピリン、アムバロ配合錠、ジャヌビア、グリメピリド、ランソプラゾール…」などと10種類以上の薬剤名が並び、さらに抗うつ剤や睡眠導入剤も出されている。ワクチンの問診なので接種に関係した薬剤をチェックするのがこちらの仕事なのだが、思わず「あのー、とてもお元気そうでハツラツとしていますがなぜ抗うつ剤がこんなに出されてるのですか」などとききたくなったこともあった。もちろんそれぞれ必要あって処方されているとは思うのだが、「内科って精神科と全然違うんだな」と驚いた。

 さて、「多剤併用は悪」という前職の精神科医の固定観念が残りながら、「必要以上のポリファーマシーはいけない。でもだからといって必要なときは薬剤の種類や量を増やさなければならない」とも学び、ジレンマに陥っている私はどうするのか。よくやってしまうのが、「じゃ今回は同じお薬にして、運動や食事の工夫をがんばってもらって、また次回考えましょう」という先延ばしだ。
 実はこの「先延ばし」も、前職で身についたもののひとつと言える。これもその職にある人には言うまでもないことなのだが、精神科領域では即断即決はあまり推奨されない。診断にしても初診では「抑うつ状態」などと状態像診断にしておき、経過の中で「躁うつ病か、うつ病か、適応障害か」と診断を決めていくということもあるだろう。また、とくに患者さん側から「離婚しようと思います」などと重要な決断の意思を告げられたときは、「まあまあ、もう少しゆっくり考えましょう」と「先延ばし」を積極的に提案することもあるはずだ。

 ところが、精神科領域以外の医療現場では、この「先延ばし」はどうも良くないこととされているようなのだ。
 最初にそれを知ったのは、大学病院の総合診療科で勉強のために外来診療をしているときだった。「微熱がときどき出る。なるほど。じゃ今日はこの検査をしますから1週間、熱の記録をつけてきてもらって、それを見ながら検査結果の説明をします」とそのうちにおさまる可能性にも期待しながら何週間もかけて診察を進めていたら、指導医(とはいっても年齢は私の半分くらいだ)に「どうしてこんなに時間かけてるんですか。あの検査とこの検査は即日、できるでしょう。その日のうちに決着つけてくださいよ」と注意された。私は「それほど緊急性がないと思ったので……それに今日、傾聴しただけでも治るかもしれないし…」などと口の中でモゴモゴ言いそうになりながら、ふと「そうか、身体を診る科って即日診断なんだ!」とはじめて気づいて、思わず指導医に握手を求めそうになった(そうはしなかったが)。

 さらに、診断がつかない初診の患者さんだけではなく、糖尿病などの慢性疾患の外来治療でも、近年、「先延ばし」はひどくきらわれている。「治療目標に達していないのに漫然と同じ処方を継続していたり、原因の検索をしないままにしていたりすること」は、「臨床イナーシャ(惰性)」と呼ばれているのである。

 「うーん、じゃ今月はこれまでと同じお薬、また来月検査しますか」という私の態度は、「先生、のんびりしてますね」と笑ってすませられるどころではなく、改めるべき「臨床イナーシャ」だったのである。
 精神科では「じっくり患者の悩みに寄り添う医者」が、内科や総合診療科では「あの人は臨床イナーシャに陥っている」と言われてしまうのだ。診療科が違うだけでこんなにも変わるものか。

 最近の私が苦しめられているこの「臨床イナーシャ」なる概念について、次回も引き続き語ってみたい。


香山リカ(かやま りか)
1960年生まれ。精神科医として臨床を行うかたわら、エッセイを執筆したり大学心理学部教員を務めたりしてきた。2022年4月からむかわ町国民健康保険穂別診療所副所長。医師名は中塚尚子。 『精神科治療学』37巻3号「〈特集〉なぜ精神科医を志し、その分野を自らの専門としたのか」に掲載の論文に、総合診療医としてへき地医療に転身するいきさつが書かれている。


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